2009/3/3 (火) Posted in さくら鍼灸整骨院便り | No Comments »
久々にゆっくりできる日だったので、家で読書をしました
澤潟久敬(おもだかひさゆき)さんの「自分で考える」ということ。という本です

この著者を先輩に教えていただき本を以前に購入し少しずつ読んでいました。
その中で考えさせられたのは、
推しはかるということです。
日常でよくあるのが、○○さんがこう言っていたとか、こう書いてあった。という話をよく聞きます。
そこでいつも思うのは、貴方はそれをどう考えたのか?ということです。
考える力が非常になくなっていると思います。
たとえば、1+1=2と学校で習いますが、実際は=ではなく1+1→2であるということです。
2は1+1もあるし2+0もあるし4-2もあります。
僕たちが目にするのは常に結果(家電製品、自然、腰痛、人間関係etc・・・)であり、何故その結果がでたのか
それっぽい考えがテレビや新聞ででると、考えることをやめてしまいみんななんとなくその方向にいってしまいます。
医療でいうと高血圧にはこの薬、膝が痛かったらこの治療、なんとなくルーティンになっているとは思いませんか?
もしかしたら、高血圧もその人、その時には必要だったり
膝が痛いのも膝に原因があるんじゃなくて、
何かの結果(スポーツ、日常生活、以前にいためた腰痛、いつも使っている坂道など)で膝が痛かったり・・・
かならず過程があったり、意味があったりしませんか?
それをルーティンという刀でばっさり。もしくは症状だけみて患者さんをみてなっかたり。
なんか嫌な思いを僕はしました。
ここまで書いていて、思うのは でもやっぱりルーティンは必要だというとと、
さらに必要なのはルーティンをマスターしたうえでの自我の確立。
なんかむずかしかったらごめんなさい。
僕はこう思ったので、明日からぼちぼちがんばるぞ
byムーミン